院長紹介
MESSAGE
ご挨拶
海外経験を活かした医療を提供します。
研修医時代、多くの疾患や患者との出会いが医師および外科医としての基礎を育み、専門を心臓血管外科とした後は、アメリカ医師免許を持ち渡米し、異国での経験がさらに私を大きくしてくれました。
帰国後、豊橋ハートセンターで出会った優秀かつ信頼できる仲間達と我々の目指す医療を地域の皆様にミラまちクリニックで提供できることで、医師としてだけでなく人間として成長することにとてもワクワクしております。
どうぞよろしくお願い致します。
院長
中須 昭雄
AKIO NAKASU, MD
最近よく聞かれる質問です。
確かに、アメリカの一流施設で一般的な心臓血管外科手術から、当時の日本ではほとんどされていなかったロボット手術、心臓移植など様々な手術を経験し、日本では到底経験できない数の手術に携わりました。
もともと、アメリカでいつかは医師をしたいと思い、医学部6年生で同級生が日本の医師国家試験の勉強をしていた最中、アメリカの医師国家試験の一つをを受験し合格。
医師一年目からも救急医療を中心にたくさんの経験をしたい、と厳しい研修で有名であり、臨床のメッカであった沖縄県立中部病院を受験し合格。
当直1ヶ月に12回、など今では決して許されない働き方をしながら、忙しい合間を縫って残りのアメリカ医師国家試験を受験し合格、渡米。
振り返れば私の医師人生はいつも困難へのチャレンジの連続でしたが、不思議ときついと思ったことはありませんでした。
それは全て、医師として、外科医として「名医」になりたい、「神の手」と呼ばれたいからでは決してなく、ただただ「良医」になりたいという自分の欲求を満たすためだったからだと思います。
今回、愛知県豊橋市でも魅力的かつ大きく発展する地域の一つであるミラまちで開業させていただきます。
これも私のチャレンジの一環であり、最後のチャレンジとなると思います。
今まで私が経験してきた様々な臨床経験を、地域の皆様に還元することが出来ることに大きな喜びとやりがいを感じております。
皆様とお会いできること、地域の医療、健康に貢献できることを楽しみにしております。
略歴
2005年 | 杏林大学医学部医学科卒業 |
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2005年 | 沖縄県立中部病院 一般外科初期研修医 |
2007年 | 沖縄県立中部病院 一般外科後期研修医 |
2009年 | 沖縄県立八重山病院 一般外科医師 |
2011年 | 沖縄県立中部病院 心臓血管外科レジデント |
2015年 | Mayo Clinic, Rochester, Advanced Clinical Fellow, Department of Cardiothoracic Surgery |
2017年 | 沖縄県立中部病院 心臓血管外科医師 |
2019年 | Cleveland Clinic, Clinical Associate, Department of Cardiovascular Surgery |
2020年 | 豊橋ハートセンター 心臓血管外科医師 |
2021年 | 豊橋ハートセンター 心臓血管外科医長 |
2023年 | 松本協立病院心臓血管外科 |
2024年 | 松本協立病院心臓血管外科 テクニカルアドバイザー |
資格
日本外科学会 外科専門医
日本心臓血管外科学会・日本胸部外科学会・日本血管外科学会 心臓血管外科専門医
日本脈管学会 脈管専門医
下肢静脈瘤に対する血管内焼灼術実施医
メンズヘルス医学会 テストステロン治療認定医
ECFMG certificate
Medical License of State of Ohio
学会
日本外科学会
日本心臓血管外科学会
日本胸部外科学会
日本血管外科学会
アジア心臓血管外科学会
アジア血管外科学会
メンズヘルス医学会
HISTORY
- Mayo Clinicの同僚と
- ニューヨークでの学会にて
- Mayo Clinicのprogram diretorとthanks giving partyにて
- ダ・ビンチでの心臓手術
- Farewel partyで Mayo Clinic心臓血管外科のチーフ、同僚と
- Mayo Clinicの外科医とICU医師
- Mayo CliniciのSaint Mary’s Hospital前で日本人研究者と
スタッフ紹介
24時間365日、緊急手術を必要とする患者様に向き合って参りました。
その中には命を救えなかった患者様もいらっしゃいました。
大切な人を失い、悲しみに暮れるご家族の姿に何度も心苦しい思いをしてきました。
それらの経験から、私の中で「病気を治す」から「病気にさせない」という想いが芽生えてきました。
私自身の地元である豊橋の皆さまに、信頼のおける医療を提供し、地域の健康づくりに貢献していきます。
また、我々のクリニックは「人」としての暖かさ・優しさを提供致します。
「医療者」としてだけではなく、「人」として皆さまを愛し、皆さまに愛されるクリニックを目指して参ります。
どうぞ皆さまの健康の維持・向上のお手伝いをする一翼として、信頼を寄せていただけますようお願い申し上げます。
皆様とお会いできること、地域の医療、健康に貢献できることを楽しみにしております。
略歴
2005年 | 医療法人 岩屋会 岩屋病院 |
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2007年 | 豊橋市立准看護学校卒業 |
2011年 | 豊橋市立看護専門学校卒業 |
2012年 | 医療法人 澄心会 豊橋ハートセンター 心臓カテーテル室 |
2015年 | 豊橋ハートセンター 心臓外科手術室 |
2016年 | 豊橋ハートセンター 医療安全管理者兼務 |
2018年 | 豊橋ハートセンター 看護主任 |
資格
看護師
愛知県看護協会 医療安全管理者
弾性ストッキング・圧迫療法コンダクター
少しでも後悔を残さない人生をサポートしたい。
地元の高校を卒業後、大学に進学し国際関係や物流について学び、その後、塾の講師として社会人生活をスタートさせました。
勉学に励む生徒たちを通じ身体面や精神面の充実が学力の向上と比例することを学びました。
勉強の時間だけでなく、取り巻く環境の大切さを初めて知った瞬間です。
身体・精神に関してより詳しく学びたいという気持ちを抱え、27歳で一念発起し看護の道を志しました。
地元へ戻り、愛知県立准看護学校→豊橋市立看護専門学校と進学を進め、看護師のキャリアの全てを豊橋の循環器専門病院で培いました。
疾患に対する看護の傍ら、予防することで人生の質を向上していく方々を目の当たりにし、よりサポートできないかと心不全療養指導士を取得し看護を続けてきました。
ある患者様の一言で私の人生は大きく舵を切ることになります。
心不全の末期の患者様、お薬にも体が抵抗性を見せ、もはや打つ手がない状態でした。
60代と若くして亡くなってしまうその方は私に、
「こんな苦しいなら看護師さんの言うことを聞いておけばよかった。家に帰りたいよ。」
その言葉を耳にして私はハッとしました。
この患者様の為に出来ることは全て行えたのだろうかと。
「病は気から」という言葉があります。
まやかしのように聞こえまずがある種、当たっている場面もあると思います。
もし家に帰れていたら、しっかり指導を続けていればもしかしたら、、、たらればが脳裏を締め付けます。
少しでも後悔を残さない人生をサポートしたいと心に刻み、私は在宅へ強い思いを持つようになりました。
退院と聞いてほとんどの患者様は喜びます。
慣れ親しんだ環境に戻れる嬉しさは身体的な回復だけでなく精神的な回復をもたらすからです。
自分の状態をしっかりと把握し、コントロールする。
これをセルフケア・セルフモニタリングと言い、昨今とても重要な考え方の一つとなっています。
外来へと通院するだけでなく、訪問診療を通じて皆様の生活をサポートさせて頂きたいと考えています。
病気になる前に、症状が出る前に介入していくことの大切さを再認識し、健康寿命の延伸を目的に志を同じくした仲間と共にクリニック開業に携わり看護部長へと着任しました。
愛する地元から愛を持って皆様の健康活動をお支えします。
お会いできる事を楽しみにしています。
略歴
地元の高校を卒業後、大学へと進学し塾講師へと従事 | |
2012年 | 愛知県立准看護専門学校 |
2012年 | 医療法人 光生会 赤岩病院 |
2014年 | 豊橋市立看護専門学校 |
2014年 | 医療法人 澄心会 豊橋ハートセンター |
2024年 | ミラまちクリニック |
資格
看護師
心不全療養指導士